<患者の力>

患者と医師(医療者)の 関係性の変遷

はじめに

患者と医師(医療者)の関係性は、人類の歴史とともに変遷してきました。それは医療のもつ知識と技術の変化と、両者の意識の変化を反映しています。日常診療の中で接する患者さん、そして、患者会のメンバーなど、多くの患者さんとの出会いの中で、患者さんがもっている意識に大きな相違があることに気づかされましたが、それは人類の医療の歴史をたどるものでもあります。今回は、患者さんの医療者に対する意識を段階ごとにグループに分け、それぞれのグループで何が必要かについて考えてみます。

第1グループ
盲目的な追従者

医師は専門家であり、医師の言うことはすべて正しい。医師を信じ、その指示に従うことが正しいと考えている人たちです。すなわち、医療者を「神のような存在」として期待している人です。病気への対処法、すなわち医療における正解は一つであり、それを知るのは専門家である医師だけだと考えます。あるいは神への取り次ぎといった存在として求めます。歴史的には、このような関係性をもつ時代は長かったでしょうが、今では高齢者や地方でみられるタイプとして残っています。
医療の場で考えこんだり決断に思いわずらい迷う必要がありません。医療者の判断がたとえ悪い結果になったとしても、それをしようがなかったものとして受け止めます。病気になっても迷うことが少なく、余計なことを考えたり心配をしなくて済むという良い一面があります。医療者とは良好な関係の下にあるので、ある意味で心は穏やかに保たれます。もちろん、病気に遭遇したことによる苦しみを抱えていることは確かです。
しかし、難病や慢性病(とくに生活習慣病)では、本人の主体性がないと病気への対処が難しくなります。患者さん自身が病気を抱えて生活する中で自分の行動を変え、活動を調整していかなければならないからです。
もし、医師が自分の研究成果や医療機関の経営を優先させていても、医療者を疑うことがないので簡単にだまされてしまいます。偽医者につかまったり、知識のない腕の悪い医者の医療に甘んじる結果になってしまいます。

第2グループ
消極的な懐疑者

第2のグループの人は、医師(医療者)の説明に対して疑問をもつことはあっても、「患者は医師に治してもらう存在であり、医療者に従うべきだ」と考えて、遠慮してしまったり、医師に嫌われることを恐れて、医師に対して自分の考えや意見を上手く伝えることができません。
医療におけるパターナリズム(父親と子どものような関係性)を当然のことととらえていますが、指示され、それを守るという関係性に徐々に疑問をもち始めています。医師に反抗はしたくても反抗できないという屈折した気持ちを抱え、医療機関の外で文句を言うことはあっても医師の前で言うことはできません。
もし、医師が患者さんのもつ個人の価値観や人生を配慮しない支配的な頑固親父タイプであれば、患者は不本意な医療を受けざるをえない状態にとどまります。


上記の第1や第2のグループの人にとっては、最初に良い医療機関に出会うことが何よりも大切です。そのためには、周りの人の良いアドバイスで良い医療機関を受診することが必要です。社会としてもそのためのシステムをつくることが望まれます。医療機関や医療者側からの情報開示が進んでいくこと、患者さん側からの医師や医療機関に対する評価を入手できるシステムの構築などが必要となります。
また、患者と医師の関係性が時代とともに変わってきていることを、社会全体に周知させていくことが必要です。そのことが社会の常識となれば、第2グループの人からでも質問をしたり、自分の希望を伝えやすくなります。そのような医療文化を創ることです。

第3グループ
積極的懐疑者

第3のグループの患者さんは医療者に対して疑問に思ったことや意見を述べることはできます。しかし、それを上手く伝えられないと、患者と医師がお互いにぶつかりあい、反発し、患者と医療者が対立する構図になってしまいます。患者が医師に頼ることもできないと孤軍奮闘することになります。
医療不信があってもプロフェッショナルとして医療者が接することができれば、対立ではなく合意に達することができるかもしれません。しかし、高度な知識と技術の提供者であることに固執する医療者であれば、患者と医療者は対立関係のままであり、双方が不幸な結果となります。患者さんは不満を抱えたまま医療を受け続けたり、医療機関を離れたり、裁判などで争う結果になるかもしれません。
がんの治療は一切受けてはいけない、高血圧の薬は飲むななどと、現代医療を否定することは、患者にとっての選択枝の一つではありますが、病状に応じて現代医療を上手く利用する方が賢い患者ではないかとわたしは考えます。たとえば、C型肝炎に対して開発された最近の経口薬では、ほとんど副作用もなく100%近い率で患者さんが治ります。また、肺に転移のある肝臓がんの患者さんに分子標的薬を使用したところ、がんが抑えられた状態を5年以上続けている例を経験しました。このような治療経験を通しても、現代医療に一定の効果があることに疑問の余地はありません。
医療に対する強い不信感は、医師だけで不信感を取り除くことは難しいかもしれません。医療職の中で看護師など他の職種の人が間に入ることが有効な場合もあるだろうし、同じ病を抱えた患者さんの助言が有効かもしれません。
医療の中に、そのような横からのアドバイスが得られやすいシステムをつくることが望まれます。また、そのようなシステムを利用できることを患者さんだけでなく市民全体に知ってもらうことが必要です。

第4グループ
協働作業の関係性

患者と医療者が対等の関係でお互いに意見を述べ合い、患者さんに最適な医療をみつけ、合意の下に医療をすすめる。患者と医療者の協働作業であるコンコーダンスの医療※を実現するためには、医療者と患者の双方の努力が必要です。双方にとっての共通の目標をもち、対等の立場で情報交換できる環境づくりが必要となります。
日本高血圧学会の高血圧治療ガイドライン(2014年版)にはコンコーダンスの概念が紹介されています。したがって、今後、医学教育において、コンコーダンスの概念が広められていくと考えられます。ある程度の時間は必要ですが、そのような教育を受けて実践する医療者が増加し、次第にそれが大勢を占めることになるでしょう。
一方で、患者さんや市民の側にも、コンコーダンスの概念が理解され、その態度を身につけていくことが求められます。学校教育の中で周知されていくことが望ましいのですが、そのような教育がまだ実現していないのが現状です。マスコミは、新奇性のあるニュースは取り上げますが、教育番組としてコンコーダンスの医療を取り上げることはあまり期待できません。コンコーダンスや医療情報リテラシーの教育など、健康に関する市民教育の普及が必要です。

第5グループ
医療者を育て・教育する

患者さんの中には、自分たちが医療者を積極的に変えよう、育てよう、教育しようと頑張っている人もいます。患者が医療者を教育するなんてとんでもないことと考える人もいますが、医療が真の患者中心に変わっていくためには、このような患者さんの存在が不可欠です。
医療は社会の基盤となる共有財産であり、患者や市民が医療者の教育に参加した方がよいのです。VHO-netの集会でも医学教育への患者の参加が何度もテーマとして取り上げられてきました。
一方で、医療の現場で個人のレベルで医療者を教育しようとする患者さんもいます。「大学教授がガンになってわかったこと」の著者 山口仲美さんはその1人です。山口さんは拙著「患者の生き方」が、医療者と接するうえでとても参考になったと感謝され、著書を私に送ってこられました。
山口さんは、患者に厳しく接する看護師にはスパルタというあだ名をつけて、他の看護師には観音1号、2号などと呼ぶことにより、本人の自覚を促そうとします。医療者との接し方に、教育者としての発想があるのでしょう。一方で、膵臓の手術をした外科医の態度はいくら工夫してもこちらで変えることは困難と、転医することを決断し、術後化学療法を受ける際、医師を変えています。その医師とはこれ以上関わっていると、自分がつらい思いをするだけと判断したら転医するのも一つの方法です。

わたしは今後、医療者を変える・教育をできる人が増えていくだろうと感じています。一般の企業に勤務する人でも、グループを率いていく人が社員教育などにコーチングの手法を学んでいるからです。コーチングを学んだ人にとって、医療者を教育するうえで必要なのは、「医療とはどういうものか」、「医療の中における患者と医療者の関係性はどうあるべきか」などの理解ではないでしょうか。わたしはそのような医師と患者との関係性を〝患者学〞として、市民の間で広く知ってもらうための広報活動をします。皆さんも一緒に目指していきませんか。

加藤 眞三 さん プロフィール

1980年慶應義塾大学医学部卒業。
1985年同大学大学院医学研究科修了、医学博士。1985~1988年、米国ニューヨーク市立大学マウントサイナイ医学部研究員。その後、都立広尾病院内科医長、慶應義塾大学医学部内科専任講師(消化器内科)を経て、現在、慶應義塾大学看護医療学部教授(慢性期病態学、終末期病態学担当)。
■著 書
『患者の力 患者学で見つけた医療の新しい姿』(春秋社 2014年)
『患者の生き方 よりよい医療と人生の「患者学」のすすめ』(春秋社 2004年)

参考図書 山口仲美「大学教授がガンになってわかったこと」幻冬舎新書 2014 年.
加藤眞三「患者の力 患者学で見つけた医療の新しい姿」春秋社 2014 年.
加藤眞三「患者の生き方 よりよい医療と人生の「患者学」のすすめ」春秋社 2004 年.

※コンコーダンスの医療:直訳は「一致」、「和合」。医療者と患者が共通の理解をもつこと。