<患者の力>

「助けてください」と言い合える社会を創りませんか

優先席

ある日の市民公開講座「患者学」で、優先席について話し合う機会をもちました。
3年前に私は左足首(腓骨下端)の骨折をし、松葉杖をつきながら電車で通勤する時期があったのです。その時に、電車に乗っている周りの人はスマホをのぞいていたり、爆睡していたり、化粧をしているなどで、周辺の人に対してほとんど注意を向けていないことに気がつきました。
優先席の前にいても、座席を譲ろうとする人はほとんどいません。優先席に座っていても周囲を気にする気配もありません。おそらく自分が優先席に座っているという意識さえもないのでしょう。私は別に座りたいということではなかったのですが、そんなことを嘆きながら観察していました。
松葉杖をついていてさえもこうなのですから、外見上障害のあることがわからない内部障害の患者さんでは、まず誰も気がついてくれることはないのではないかと思われました。

ヘルプマークの普及を

内部障害者が障害のある人であることを知らせるために、東京都では2012年に「ヘルプマーク」を創りました。東京都の都営バスや地下鉄などから始まり、2016年からは都立病院などにも広がって、その後、横浜や札幌でも同じマークが採用されるようになり、このような試みが全国に広がろうとしています。
一方で、この時の市民公開講座の参加者の中で、ヘルプマークの意味を知っている人は約半数しかいませんでした。意味がわからないというだけでなく、一度も見たこともないという人も数多くいました。内部障害という言葉が初耳だという人も多数いました。たぶん、ヘルプマークが眼には触れる機会があったとしても、いろいろな情報があふれかえる中で、気がつかなかったということなのでしょう。
集まりの参加者は、世の中の平均的な人よりも病気や障害について意識の高い人たちでした。そのことを考えると、世間では、このヘルプマークがまだまだ認知されていないことがわかります。ヘルプマークの認知が社会に普及することが望まれます。

「助けて」の声をあげること

さて、ヘルプマークや内部障害が認知されると、それで席が譲られるのかというと、それほど簡単な話ではないようです。外見上一目で明らかな、腰の曲がったお年寄り、杖をついている人でさえ席が譲られていない現実があります。酸素カニュラをつけて電車に乗っても、声をかけられることはほとんどなかったそうです。
優先席と指定されていても優先されないのであれば、優先席をもっと目立たせるとか、優先席ではなく障害者や高齢者のための専用席にするというアイデアもあります。そのような工夫も必要かもしれません。
優先席と同じく、駐車場の優先スペースも一般の人が占めてしまい障害者が使えないという現状もあります。米国では障害者スペースに駐車すると罰金が科せられます。このように法律で取り締まることも必要になるのかもしれません。
しかし、内部障害のある患者のAさんは、「席を譲ってください」と声を出せば必ず誰かが譲ってくれたといいます。すべての人が優先席を譲ろうとはしなくても、優先席が6席あれば、少なくともその中の1人は譲ってくれるからということでしょう。
私は、障害者もそんな声をあげるための勇気をもつことが必要ではないかと思います。そうすることによって、助けを必要とする人が声をあげることのできる文化を創ることにつながるからです。

ドイツの街角で経験した親切

数年ほど前に、一人でドイツを旅行していた時、私が駅などで案内の看板などを眺めていると、そのたびに誰か声をかけてくれる人があらわれ、とても心強くうれしく感じた経験があります。この地の人は、なぜ、こんなに親切にしてくれるのだろうかと驚かされました。それがこの地の文化なのでしょう。
この経験以来、わたしは日本でも病院内や東京の街角で困っていそうな外国人がいれば、必ず声をかけることにしてきました。
最初は、 〝May I help you?〞 と声をかけることに少々気恥ずかしい感じをもっていましたが、声をかけると何かの役に立つことができ、相手に喜んでもらえます。相手に喜んでもらえると、また、やろうという気持ちになります。今では、ごく普通に自然に声をかけることができるようになりました。

愛のホルモン・オキシトシンを社会全体に増やす

最近注目されてきたホルモンの一つに、オキシトシンがあります。オキシトシンは、子宮の収縮や乳汁分泌に関係するホルモンとして発見されましたが、最近の研究では、他人に親切にすること、そして他人に親切にされることによりオキシトシンの分泌が高くなることがわかってきました。そして、そのオキシトシンは相互の信頼関係を高めるというのです。
ヒトはこのようなホルモンを与えられた動物であり、親切にすること・されること、相手を助けること・助けられることから幸福感を得られるのです。子どもが産道を通過する時、授乳する時に、オキシトシンが分泌され、母親の子どもに対する愛情がより深くなるのも合目的に理解できます。
そして、そのオキシトシンにより免疫力も高まるのだそうです※1。VHO-netなどに参加されている患者さんが病気を抱えていても元気なのは、自分の所属する患者会の世話をすることにより、血液中にオキシトシンがあふれているからではないでしょうか。

助けてくださいと言えることの大切さ

安冨歩氏の「生きる技法」(青灯社)には次のような言葉が出てきます。自立とは、多くの人に依存することである
依存する相手が増えるとき、人はより自立する依存する相手が減るとき、人はより従属する従属とは依存できないことだ
助けてくださいと言えたとき、あなたは自立している

本当に、その通りだと思います。人間は一人きりで生きているのではなく、多くの人に支えられて、初めて人間らしく生きることができるのです。そして、お互いに助けようとする性質が、オキシトシンという形で遺伝子の中に組み込まれているのです。人間は人間であるからこそお互いに助け合い、そのことが双方の喜びにつながるのです。
そうであれば、助けを必要とする時に助けてくださいと言えることは恥ずかしいことでも何でもありません。むしろ、助けてくださいと言えることにより、周りの人を幸せにすることができるのですから。

障害ある人が普通に生きられる社会創り

障害がある人が普通に社会の中で生きられることは素晴らしいことです。21世紀の社会は、そのような余裕をもてる時代を迎えているのです。障害のある人が座りたい時には、周りの人がすすんで席を譲るような社会を創ることが、社会全体の幸福につながります。
真の理想の社会とは、障害のあるなしにかかわらず、助けを必要としている人が助けられ、助ける人と助けられる人がそのことをお互いに楽しめる社会ではないでしょうか。その理想に近づくための第一歩として、障害のある人が助けを求め、周りから助けられ、そのことにより助け合う喜びを学習する機会をもてば良いのだと思います。
その意味で、助けが必要な際には「助けてください」と普通に声をあげることをためらわないで欲しいと思います。そのことが、幸せな社会創りに参加することになるのですから。

まずは自分にできることから

ヘルプマーク 「ヘルプ・ミー」と「メイ アイ ヘルプ ユー」が言える社会に 自分にとって何ができるのかをみつけることは、それほど難しいことではありません。ヘルプマークを普及させること、内部障害を知ってもらうことにも努力が必要とされます。障害がない人であっても、困っている人をみつければ声をかけると良いでしょう。
ヘルプマークをどのような人に配るべきなのかが問題になっているそうですが、ヘルプが必要な人がヘルプの意思表示をするマークだと考えれば、誰が持っていても良いではないかとわたしは考えます。
助け、助けられる社会を創ることができれば、それがお互いの幸せにつながるのですから。

加藤 眞三 さん プロフィール

1980年慶應義塾大学医学部卒業。
1985年同大学大学院医学研究科修了、医学博士。1985~1988年、米国ニューヨーク市立大学マウントサイナイ医学部研究員。その後、都立広尾病院内科医長、慶應義塾大学医学部内科専任講師(消化器内科)を経て、現在、慶應義塾大学看護医療学部教授(慢性期病態学、終末期病態学担当)。
■著 書
『患者の力 患者学で見つけた医療の新しい姿』(春秋社 2014年)
『患者の生き方 よりよい医療と人生の「患者学」のすすめ』(春秋社 2004年)

参考図書 安冨歩.生きる技法. 青灯社 2011.

※1:高橋徳. 人は愛することで健康になれる 愛のホルモン・オキシトシン.知道出版 2014.